「僕がプロ野球選手になれた理由」第5話

「僕がプロ野球選手になれた理由」シリーズ
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「僕がプロ野球選手になれた理由⑤」

 

最近では皆さんが楽しみにしてくれているシリーズの更新に間隔が空いてしまってすいませんでした・・・。

ちょっと家族で旅行に行っていたもので、なかなかゆっくりと記事を投稿する事ができませんでした。

 

さて前回(シリーズ④)では、僕の高校野球生活がスタートし、1年目のシーズン・公式戦の結果をお伝えしました。

 

そして、いよいよ僕の野球人生の大きな分岐点「とっておきの策」に辿り着いたところで終わっていました。

 

その「とっておきの策」とは、ある人物との出会いでした。

僕の運命を変えてもらった人物とは・・・

その人物とは・・・、知る人ぞ知る

 

古藤先生(ことう先生)」です。

 

僕は古藤先生に出会っていなかったらプロ野球選手にもなれていなかったと思いますし、法政大学で野球をやることもできなかったですし、甲子園にも行けていなかったんじゃないかと思います(甲子園出場の場合は、僕一人の力に依存するものではなくチームメイトの頑張りもあったので絶対とは言い切りません)。

 

まずは、僕が古藤先生と出会ってどんな経験を積んでどんな高校野球生活を送ったのかを紹介する前に、僕なりの認識で古藤先生の事を紹介したいと思います。

僕から見た「古藤 潤」・「古藤部屋」

古藤先生は福岡県北九州市の、とある場所で治療院を営んでいる方です。

 

表向きはいたって普通の治療院なのですが、僕にとっては「治療をしてもらう場所」という感覚ではない為「部屋」と呼ばせていただきます。

 

その部屋は、昼間はお父さんお母さんと呼ばれる世代の方からおじいちゃんおばあちゃんと呼ばれる世代の方まで、多くの方たちが来られ、体の隅々までを治療したり痛みが再発しないように今で言うエクササイズ的な指導までを一人一人丁寧に施術される、まったりとした空気が流れているのです。

 

しかし、夕方、学校が終わり日が暮れ始める頃からは空気が一変するのです。

 

まず夕方の早い時間帯は、様々なスポーツをする学生でケガをしたり故障をしている子たちがやってきて、もちろん一人一人に治療をします。

 

そして治療だけで終わる事はなく、ケガや故障に応じたリハビリや再発防止への指導をしてくれるのです。

 

それから更に時間が進み完全に日が暮れだす頃からは、治療院には縁が無さそうな元気な学生たちが次々と集まりだします。そして少し時間が遅れて、スポーツなんてやっていなさそうな大人達もやってくるのです。

 

それぞれ学校での部活動が終わりすべての練習が終わった後にやってくるスポーツ選手(主に学生)、そして遅れてくる大人たちは、その学生たちを指導する立場の部活の顧問や監督・コーチ達です。

 

そんな流れの「部屋」でした。

 

近年ではインターネットが普及し誰もがスマホを手にしている時代であれば様々な情報を簡単に発信・入手する事ができますが、当時はまだ携帯電話も無ければインターネットも一般的ではない時代でした。

 

これは僕の主観にすぎませんが、もし当時、インターネットが普及されていて学生たちでもスマホが持てる時代だったとしたら、古藤先生の存在は更に広く知れ渡っていたのではないだろうかと思います。

自然と集まってくる「古藤部屋」

当時、まだ高校生だった僕は、古藤先生のバックボーンについて追及して聞いたり知ろうとする関心はありませんでした。

 

自分自身が古藤先生から学ぶことでいっぱいいっぱいだったからです・・・。

 

そんな無知な高校生ながら、目で見て耳で聞いた情報を思い返すと、中学生や高校生だけじゃなく、福岡県内のあらゆるトップアスリートに関与していたんじゃないかと思います。

 

実業団のバレーボール、全国大会クラスのテニス、体操、ゴルフ・・・、もちろん野球。

 

ラグビーや相撲などのコンタクトスポーツはあまり記憶にありませんが、体の手や足を使いこなし、ひねり動作や回転動作、内旋・外旋動作を必要とするスポーツの選手たちが続々と集まってくる部屋だったんだと思います。

古藤先生の事、この部屋の事を書いているとあっと言う間に長文になってしまいます・・・。

 

僕がこの部屋で古藤先生からどんな事を学び、どんな事を経験したのかはまた次回以降で紹介していきます。

 

正直言って、今回の紹介でこれくらいの文字数になってしまっているのを考えると、僕が古藤先生から学んだ事、この部屋で行っていた事を紹介するのは1度や2度の投稿で説明できるような簡単な事ではない事は容易に想像できます。

 

長文・複数回投稿になってしまう事をご了承ください。

 

それではまた次回・・・。

 

画像は、当時大学へ出発する前(高校3年の冬)に、記録としてビデオで撮影した唯一の「部屋」の中の記録です。

 

相変わらず時代を感じます・・・笑。

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