元プロ野球選手(筆者)の「すべての生活の中心が野球になった」 第⑥話

筆者について
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こんばんは。

今日のテーマは

すべての生活の中心が野球になった

前回の第⑤話では、どこにでもいる野球で全く目立たない中学生だった私が、どこでどう間違って野球推薦で高校進学が決まったのか?と言う話をお伝えしました。

 

今回は、そんな野球推薦で進学した高校生活の始まりを紹介したいと思います。

もちろん初めての寮生活がスタート

世の中には中学生から学校などの寮生活を経験する人もいるのかもしれませんが、今の時代ではごくごく稀ですよね。

 

私ももちろん中学生の時は実家暮らしだったので、高校で寮生活をするのが初めてでした。

 

これは後に大人になってはじめて聞いた話なのですが、やっぱり実の息子を自分の手元から放して寮に送り込む事ってものすごく勇気のいる事でやはり寂しいのだそうです。

 

私の母親も、中学3年生を卒業した直後(15歳ですよね)に手元から放す時(入寮する時)は、一人で部屋にこもって声を出して泣いたんだそうです。

 

私自身はまだ自分の子供たちを手元から放す経験をしていませんが、自分の身に置き換えて考えてみると、やはり寂しいんだと想像できます。

 

こんな事を考えるようになったなんて・・・、改めてオッサンになったんだな~って思っちゃいますよ。

 

さてさて、寮生活はと言うと・・・。

 

第⑤話でも簡単に説明した通り、私の進学した高校は、もともと女子高としては歴史の古い学校だったのですが、男子を入学させるようになって私たちの学年が2期生だったんです。

 

野球部員としても、1学年先輩が2人しかいなかったので、私たちの学年が入学して初めて野球部として発足したんです。

 

ですので寮生活と言っても、よく野球部の寮生活と言うと先輩後輩の上下関係が厳しいと言うイメージがあると思いますが、ほぼ何も無い(先輩が2人だったので)状態からのスタートでした。

2人+16人=18人からのスタート

先ほどお伝えした通り、1学年先輩が2人。

 

そして監督が「甲子園を目指します!」と豪語されて半信半疑で集まってきた私たちの学年の同期生が16人

 

合計18人で野球部が発足しスタートしました。

 

高校の正門から歩いて10歩くらいの場所に野球部専用の寮があります。

 

グラウンドはもともと女子高だったと言う事もあり敷地内にはありません

 

高校からバスで約20~30分ほど離れた場所に「以前は草野球をやっていたのかな?」と言うような広場があり、そこを借りてきたんでしょうね。毎日放課後になるとそのグラウンドまで移動して練習。

 

と言っても最初は草むしりからのスタートでした。

 

ホント、こうやって改めて思い返すとマンガやドラマにできてしまうような野球部だったと思います(こんなスタートだったのが後に甲子園に出ちゃうんですから)。

 

まずは内野くらいが草も無くなってきて守れるようになったところでやっと野球の練習が始められます。

 

で、バッティング練習中だったと思います。

 

ある選手がセンター前ヒットの打球を打ったんです。

 

センターを守ってた選手が前進してきてゴロを捕りますよね、普通なら。

 

でもこのやっと内野に草が無くなった程度のグラウンドでは・・・、センター前の打球がセンターを守ってる選手が捕る前に、ボールを見失うんですよ。草むらに。

 

セカンドベースの後方にまだ膝の高さくらいの草が生えてるので、草をかき分けてボールを探してるんです。

 

ホント笑えますよね?こんな環境で「甲子園を目指します!」って監督は真顔で選手の勧誘をしてたんですよ。あの時、監督は本当に甲子園に出れると思ってたのかな~???

 

今度会ったら聞いてみようと思います(笑)。

しかも、左投げの左手にはギブスを付けた状態で入学しました

まあ、そんなこんなの「甲子園を目指す!」私の高校野球生活がスタートしました。

 

しか~し、まだあるんです。

 

実はこの高校に入学して、寮にも入って、草むしりからスタートしたこの野球部が始まったその時、私は左投げであるにも関わらず左手の甲にはギブスを付けた状態でいたんです。

 

中学3年を卒業し、高校に入学するまでの春休み期間、あるちょっとした事がキッカケでケンカをしたんです。で、そのケンカ相手の頭を左手で殴ってしまってちょうどボールを投げる人差し指の付け根辺りの骨にヒビが入ってしまったんです。

 

今考えたらホントレベルの低い野球少年だったと思います。

 

思いもよらない事から野球推薦で高校の入学が決まってると言うのに、ケンカによって投げる手の左手を骨折してしまった訳ですから・・・。

 

と言う事で、こんな野球部のスタート時、私はみんなから更に遅れをとって、野球の練習なんて全くできない状況からスタートだったのです。

 

いや~、ホントこうやって改めて文章にしてみると、自分でも考えられないくらいのアホでしたね。

 

これが自分の息子だったら・・・とか、これが自分の教え子だったら・・・、とかを考えると鳥肌が立ってしまうくらいの事です。

 

こんな私が、後にプロ野球選手になってしまう訳なんですよ。

 

改めてこのブログを制作する事にした思い「誰でもチャンスはあるんです」の気持ちが分かってもらえますよね???

 

また話が脱線してしまいましたが、波乱万丈と言うか起死回生と言うか、私のいろんなことがありすぎた高校野球生活のスタートのお話でした。

 

また続きは次回更新をお待ちください・・・。

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