元プロ野球選手(私)の「先生(恩師)の偉大さ」 第⑫話

筆者について
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こんにちは。

 

今日のテーマは、私がとても幸運な出会いをした

先生(恩師)がどれだけ偉大な人だったのか?

を簡単に紹介しておこうと思います。

 

前回の第⑪話では、私が高校1年生だった1990年前半に、後にアスリートのトレーニングで重要と言われる「腸腰筋」に、先駆けて着目をして体作りを始めてくれた私の先生(恩師)の紹介をしました。

 

今回は、そんな先生(恩師)が、地元でどんな存在だったのか?を記憶を甦らせながら紹介したいと思います。

なかなか開かない狭き門戸

今でこそインターネットが普及してスマホでも簡単に何でも検索ができる時代ですが、当時はまだインターネットと言うものもない時代で、情報を知るためにはテレビや新聞などのマスコミで目にするか、または人から人へ伝わる「口コミ」くらいしかありえませんでした。

 

ですので地方や田舎で何か貴重なものがあったとしても、なかなかそれが全国区になる事は物理的に難しかった時代です。

 

そんな時代でしたが、私の先生(恩師)は、地方ではありましたが地元では大変有名な先生でした。

 

最初の頃に紹介しましたが、表向きは、街の治療屋さんです。

 

しかも治療院も、商店街や市内の中心部といったような人通りが多く目立つ場所にあるのではなく、本当に街の外れの、しかも表通りから1本路地に入った場所で、人からの紹介がないと絶対に入らないような、そんな場所での店構えでした。

 

私も当時は高校生でしたので日中の昼間にどんなお客さんが来ているのかは、ほとんどその時間に言った事がありませんので知りませんでしたが、大人になってから挨拶に行って知ったのは、午前中や昼間は、大人や老人の人たちが体の痛みを和らげに来る憩いの場となっているようでした(治療院ですから当たり前なんですけど・・・笑)。

 

しかし、私たち学生が行く時間帯(学校が終わる時間、夕方から夜にかけて)には、そんな大人や老人の人たちはほとんどいなくて、中学生や高校生が入れ替わり立ち代わりで訪れるのです。

 

そのほとんどは男女問わず何かしらスポーツをやっている人で、だいたい最初に来る人は、どこか痛めているとか、大事な大会前の体の調整だったり、いわゆる体のコンディション目的で来ています。

 

入れ替わりで来るそんな治療待ちの学生たちを治療している隣の部屋では、私を含めた数人の決まった顔ぶれは、先生(恩師)が治療ベッドで治療を行いながらの視線を感じながら、黙々と決められたトレーニングをします

 

そんな光景が日常でした。

夜に見る大人の人は誰か?

そんな昼の顔と夜の顔が一変する先生(恩師)でしたが、もちろん治療室内の空気もまったく別モノでした。

 

昼間は大人や老人の人たちを癒しながら治療をするゆっくりとした空気が流れており、現役時代では味わったことがないような居心地の良い空気だったようですが、私たちが訪れる夜は、先生(恩師)の表情からもどこか緊張感を感じ、少し気を緩めると大きな声でチェックを受ける、または意欲的な姿勢を見せないと、何時間でもいつまでもほったらかしにされて、言葉すらかけられず相手にされない、そんなピリッとした空気でした。

 

その空気の中、ソファには大人の姿もあるのですが、だいたいは初めて訪れる学生の親ですよね。初めて来るわけなので親が連れてきて、先生(恩師)が治療しながらする話を子供と一緒に聞いているんです。

 

ですが親以外の大人の姿もあるんです。

 

それは、指導者ですね。

 

先ほどもサラっと言いましたが、先生(恩師)は野球だけに限らず、あらゆるスポーツ選手を診ます。

もちろん体の治療だけを考えれば当たり前なのかもしれませんが、先生(恩師)の場合は、治療だけではなく、そこから技術的な指導まで行われるのです。それはおそらく治療家さんから見たらスポーツの種は関係ないのでしょうね。

 

体の構造に対してプレイしているスポーツの動きによって、どこがどうなっているのか、を考えて治療、または指導ができるのだと思います。

 

それが、説明や指導も含めて説得力や実績がすごいんです。

 

話題が話題を呼んで、地元の中学や高校の先生(部活の顧問・指導者)が勉強をしに来るんです。

 

一度聞いたらやめられないんでしょうね。

 

私もかなり頻繁に通っていると、その先生方とも顔見知りになっていきました。

 

野球はもちろんですが、バレーボール、テニス、体操、ゴルフ、水泳・・・、本当に様々な種目のスポーツ選手が訪れていました。

 

ここでは実名はあげられませんが、チームからも依頼を受けていたようで、ある高校野球のチームや、実業団のバレーボールチーム、体操クラブなどにも自ら訪れて指導をする事もありました。

 

私が言うのも失礼な話ですが、先生(恩師)自身があまり出しゃばって活動をされるタイプでもなく、しかもインターネット等がなく情報の発信が限られた時代だったので地元での活動でしたが、その後、私が全国で野球をしてきた経験で考えても、先生(恩師)の実力や存在は、間違いなく地元だけでの活動では宝の持ち腐れで、全国的に活動するべき存在の方だったと自信をもって断言できます。

 

 

なかなかうまく紹介することができませんが、とにかく私は、これ以上ない本当に幸運な出会いに恵まれたと思います。

 

何に例えたらちょうど良いかな~?と考えていましたが、ピッタリだと思う例えがありました。

 

野球選手として、プロ野球のドラフト1位で指名を受けるくらいの確率と同等の幸運な出会いだったと思っています。

 

それでは今日はこの辺にして、次回からは、いよいよ、その先生(恩師)から、どんな事をどんな時系列で指導を受けてきたのか?

 

その指導を受けながら私の野球人生にどんな変化が生じたのか?をより具体的に紹介していきたいと思います。

 

それでは、また。

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